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ja
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テストの点数悪いから怒られるってのが実情だったよ。
やることやる奴には中々いい塾だったと思うよ。
階段に書いてあったfrankカタベってのを何故か今も忘れないww ]]>
Re:国立学院予備校といえば
2009-12-18T13:13:14+09:00
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国立学院予備校懐かしいですね。80年代に中学受験をしたOBです。
受験に失敗したので、心の奥に閉まっていました。
名無しさんのコメント見て思い出しました。
算数の先生は、暴力振るっていましたね、確かに。
自分は、あまり殴られたことはありませんでしたが、ビクビクしていた記憶は甦ってきました。
受験に成功した人は良い思い出、そうでない人は忘れたい過去だと思います。
取り留めなく済みません。
42 名前:名無しさん [2009/04/16(木) 01:36
俺は80年代に大学受験でお世話になったもんだが、
ある先生が女子生徒を車に乗せて、追突事故を起こし、真っ赤な顔をしながら国立校に帰ってきて、
すごく酒くさくて、「いや、もう、事故なんかシャレだよ、シャレ」などと」
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Re:国立学院予備校といえば
2009-04-24T11:36:36+09:00
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しかしある日、私を含め同じ教室の他の一部の塾生達に牙をむいてきたのです。K君の暴挙に関しましては他の塾生たちも快くは思ってはいなかった
ように思われますが、K君の暴挙から私を守ろうとしたN君は、「何だお前、Nのくせにオレに逆らうのか。」などと言われ、お気の毒にも何発も腹や足に膝蹴りを入れられていました。
N君を暴力で黙K君は今度は側にいたS君に、私を襲わせるように命令しました。
しかし私はS君には何の恨みもなかったので、特にS君には抵抗しなかったところ、S君は途中からそっと、しかも私が頭を打つことがないよう頭を最後まで手で抱え続けたまま、そっと倒してくれたのです。よって全くの無傷でした。
おそらくS君もその他の塾生達も下手にK君に逆らうと怖いと思い、表面的にK君の言いなりになっているだけなんだなと、その時感じました。
その後K君は休み時間になると塾内にてモデルガンのライフル銃を塾内でバンバン乱射していたので、その流れ弾が目にでも当たったら、最悪の場合失明するとの危機感を抱いた私は、休み時間となると教室の外に出ておりました。
ところがある日、私がいつも通り教室の外にいたところ、K君がいきなり私の背後からモデルガンのライフルを突きつけてきたのです。
K君は「中に金属性の玉詰めた。」と笑いながら話していたので、こんな至近距離から撃たれたらまずいと感じた私は、K君には抵抗しませんでした。
外はもう日が暮れており、私はK君のわずかな隙を見つけて逃げ出しました。私は暗闇をうまく利用してK君から逃げ切ったのですが、K君に追いかけられ、また後ろからはモデルガンをバンバン撃つ音が何発も聞こえてきました。
K君のこの事件の後、私は一時的に国立学院予備校を去りましたが、ほんの数ヵ月後には再びまた国立学院予備校に戻ってくることになりました。
私がしばらくして再び国立学院予備校に戻ってきた時、何人かの塾生達は私の姿を見るなり驚いたような顔をしておりましたが、たまたまその中にいたN君は、私の姿を見るなり私の側へとかけより、K君が塾をさったことをわざわざ伝えにきてくれました。しかし残念なことにその時にはちょっと前まで在籍していた塾生達の姿が、何人も姿を消しており、S君もH君も姿を消しておりました。
私が子供時代にK君ほど恐怖を感じた人物は他にはおりませんが、私が通塾していた当時の国立学院予備校は、塾全体が暴力によって支配されているといった感が大変強く、塾教師達が塾生達の頭を根性棒でバンバン殴るというのは、日常的によく見受けられる光景の一つでした。
またニ刀流根性棒教師から伺ったことなのですが、「ある日その教師が塾生達と根性棒合戦を行なったところ、日頃の恨みといわんばかりに塾生達から根性棒によるリンチを受け、あまりの痛さに頭を抱え込んでうずくまってしまった。」という話すら聞かされております。
逆にたまに暴力をふるわない教師がいると、塾生から「どうして暴力をふるわないの。」と不思議がられて質問されるという状況にありました。
私を含め当時の国立学院予備校生達は、当時の国立学院予備校の暴力教育のスタイルを受け入れ、適応していたのだと思いますし、また少なくとも二刀流根性棒教師はそう考えていたようなのてすが、
我々はこの教育スタイルで成果をあげてきたのだから、これでいいのだと信じて疑ってはいなかったのではないかと思われます。現に生徒の親にはそう語っていたそうですので…。
私を含め当時の国立学院予備校生達は、当時の国立学院予備校の暴力教育のスタイルを受け入れ、適応していたのだと思いますし、また少なくとも二刀流根性棒教師はそう考えていたようなのてすが、
我々はこの教育スタイルで成果をあげてきたのだから、これでいいのだと信じて疑ってはいなかったのではないかと思われます。
現に生徒の親にはそう語っていたそうですので…。 あとたまに存在する非暴力教師の発言内容で印象的だったのは、「実はオレも以前は生徒達を殴っていたのだけど、ある時ある生徒の頭を思いっきり殴ったところ、それまではもっと上の方にあったはずの小指の付け根の部分が、下の方へとズレてしまったので、それ以来生徒を殴るのを一切止めたんだ。」と塾生達に変形したという手を見せながら話しておられたことです。
そのような状況下でしたので塾内での暴力やいじめなども多くの場合黙認され、塾内にいじめや暴力が蔓延しがちでした。
よってN先生から伺った男子生徒達による女子生徒へのリンチ事件や、その他K君の暴挙の数々なども容易に引き起こされてしまったというのも、ある意味当然のことだったのかもしれません。
ところが時代は変わりました。近年のenаでは少なくとも私の知る範囲内では、国立学院予備校時代のような暴力教育は行なわれてはおりませんし、また現在の日本ではこのような教育スタイルは受け入れられないものとも思われます。
私が子供時代お世話になった国立学院予備校を去り、久々に今度は教鞭をとる立場でenаへと戻ってきた時、「今の子供達はいい時代に生まれてきたな。」と感じたこともありました。しかし現場の職員達の倫理観やモラルといった部分は、国立学院予備校時代とあまり大差はないようにも感じられます。
爪や牙をもがれてしまった近年のenаは、国立学院予備校時代に比べて著しく軟弱化してしまい、緊張感もすっかりなくなってしまいました。そしてその分内向化・陰湿化してしまい、権謀術数テレビで見る韓国ドラマの世界に近くなってしまったようにも
感じられます。
誤解がないように申し上げておきますと、私は暴力教育がよいと主張している訳ではございません。しかし爪も牙も失ってしまった現在のenаの教育では、限界が時に生じていることもまぎれもない事実なのです。
近年のenаでは基本的には生徒さんを甘やかす教育スタイルですが、たとえ起きて寝言を言っていたり、また極端に学習意欲の乏しい生徒さん達であっても、甘やかされ放置されがちな現在のenаの教育スタイルですと、その時はそれでよいのですが、近いうちに受験での失敗などから大きな心の傷を負って
しまったり、またそのことが原因で潰れてしまったり、時に成績がうまく伸びないからという理由で親から見切りをつけられて、生徒さんは続けたかったそうなのですが、親の意思で辞めていかれる生徒さん達が出現するという事態まで招くようになってしまいました。
また順調にエリートコースを歩んできた方々の中には、社会での挫折などにより自ら命を絶つ方々も多いと聞きますが、少なくとも私の場合には、国立学院予備校時代の暴力教育にてビシビシ鋼のような人間となるまで鍛えて頂けましたおかげで、社会に出て様々な風雨にさらされても乗り越えていくことのできる人間になることができました。
この場をもちまして、私をここまで育ててくださった国立学院予備校やenаに、お礼を申し上げたいと思います。
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Re:国立学院予備校といえば
2009-03-20T09:02:26+09:00
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①授業前にある塾生が、教室のドアを開けると上からスチール製のゴミ箱が落下するよう仕掛けており、A先生が教室に入ろうとドアを開けた途端、上からゴミ箱が落下してA先生の頭を直撃したそうです。後でその教室のゴミ箱をみたら、一部へこんでました。
②ドラエモンと称されていた先生がH君からおもちゃをとりあげ、そのおもちゃをドラエモン先生が授業中、教室のガラスドアに向かって投げつけて遊んでいたところを、外を歩いておられたw塾長が目撃。しかし塾長はそのまま素通りしていかれました。
③ドラエモン先生が授業中いきなり、ふざけていたH君の腹を殴りつけたようであり、H君は椅子から転落。教室の床に倒れこんだまましばらくの間、起き上がってきませんでした。
後でH君はお腹を押さえたまま、顔を真っ赤にして歩いておりました。
④当時の国立学院予備校〔旧enа〕では、基本的には生徒達に暴力をふるって勉強させるというスパルタ塾であり、根性棒と呼ばれる紙を丸めてセロテープで留めて作った棒で、塾生達の頭をバンバン殴りつけて勉強させるというのが主流でしたが、その中でも特に印象的だったのは、片方の根性棒に塾生からもらったというステッカーを貼っておられた二刀流根性棒の
教師でした。
その先生が自作し愛用していた根性棒というのは、とても紙だけでできているとは思えないほどの異常な固さでしたが、ある日その先生は異常なほど固い根性棒をもう1本こしらえて、二刀流根性棒教師となられたのです。
その根性棒で殴られると、まるで木製の棒か何かで殴られているような痛さであり、紙もここまで驚異的に強くなるのだという驚きと発見とがございました。
⑤二刀流根性棒教師から伺ったのですが、他の同僚講師が授業中に机を蹴飛ばしたところ、机のかどが折れて、その折れた破片がクルクルクルと宙を舞ったというお話は、今でも印象に残っています。まるで上地理流空手の足先蹴りみたいですね。
⑥別の教師から伺った話ですが、ある時その先生がある生徒の頭を思いっきり殴りつけたところ、その教師の小指の付け根のところがズレて以前よりも下がってしまったため、以前までは暴力をふるっていが、それ以来生徒を殴るのをやめたんだというお話を、変形した拳を見せながら生徒達に説明していたのは、印象的でした。
⑦N先生から授業中に伺ったお話なのですが、国立学院予備校で一人、男子生徒たちよりもうでっぷしの強い女子生徒さんがいらしたそうであり、よく同塾男子生徒達をいじめていたそうなのですが、N先生は黙認しておられたようです。
ところがある日、それまでいじめられ続けていた男子生徒達が一致団結。複数の男子生徒さん達によりその女子生徒さんに集団暴行を加えるという「集団リンチ事件」にまで発展したそうです。
⑧休み時間中に同じ教室の男子生徒たちと女子生徒たちの姿が何人か見えなかったのですが、後になってある女子生徒の話を聞いたところ、一部の男子生徒たちに追い掛け回された女子生徒さん達は、塾内にある
女子トイレに駆け込み、その中でお弁当を食べていたという話を聞いたときには、ビックリしました。
その当時はそのような用語はなかったと記憶しておりますが、
今でいうところの「ストーカー行為」ですね。
⑨ある時、同じ教室の友人S君と一緒に帰る途中、S君が急に「早く塾を出よう。」と言い出して私の手を引っ張ったので、訳がわからぬままS君と急いで塾を抜け出したところ、後でS君から「塾でタバコを吸っている生徒を見たんだ。」といわれました。
⑩<二刀流根性棒教師が塾生たちから受けた根性棒リンチ事件>
前述した二刀流根性棒教師から授業中に伺った話なのですが、「ある時、塾生達と『根性棒合戦』を行なったところ、日頃の恨みといわんばかりに教師である自分が、塾生たちから根性棒による集中攻撃をうけて頭をボカボカに叩かれ、そのあまりの痛さに頭を抱えてうずくまってしまった。」と話しておられました。
⑪それまでもK君は休み時間となると塾内でモデルガンを乱射するなど危険な行為を平気で行なっていたのですが(流れ弾が目に当たったら、最悪の場合失明する)、ある日K君は、私の背中にモデルガンのライフル銃の銃口を、いきなり突きつけてきたのです。
K君は「中に金属性の玉を詰めた。」と笑いながら話していたので、こんな至近距離から撃たれたらまずいと感じ、抵抗できませんでした。また話は前後しますが、私をかばおうとK君の暴挙を阻止しようとしたN君は、「お前、Nのくせにオレに逆らうのか。」などといわれ、腹や足に何発かの膝蹴りを入れられ、本当にお気の毒でした。
しばらくしてN君からK君が塾を去ったことを知らさせましたが、その頃には以前までいた他の生徒さん達が、何人か姿を消していました。
⑫友人のT君は、ある社会科の先生から前の席に座らされた上、「お前のお兄さんはよくできたのに、どうして弟のお前はこうもできないんだ。」等と言われて、ビール瓶の形をした根性棒で間違える度にバンバン頭を殴られて、「ウギャー。」というT君の悲鳴が
教室内に響き渡りました。
国立学院予備校時代のenаは暴力体質のスパルタ塾であり、以前あるenа社員から、「昔のenаでは『もしどこも受からなかったら●えられていたかもしれないね。』といわれるようなことが行なわれていたんだ。」と話しておられましたが、著しく軟弱化した現在のenаにはない良さも多かったと思います。
当時の塾生達は、その環境や教育スタイルを受け入れ適応していた感があり、また教師側も(少なくとも二刀流根性棒教師はそう思っていたそうなのですが)我々はこのやり方で生徒達を有名私立や難関校へと送り込んできた実績があるのだから、これでいいのだと堅く信じて疑ってはいなかったのではないかとも思われます。
enаとなった今も、社員の倫理観や社会常識といった組織の根本的体質に関わる部分は、あまり変化してはおりませんが、時代の趨勢と共に少なくとも表面的には大きく変わりました。
今となってはどれも楽しい思い出ばかりであり、また少なくとも私の場合には、塾で他の学校の生徒達や、同じ学校でも他のクラスの生徒達と友達になれましたので、結構楽しかったですよ。
私の場合には、あの環境でビシビシ徹底的に鍛えて頂いたからこそ、今の自分があるのだと思い国立学院予備校に日々感謝の日々を送っております。
よくエリートコースを順調に歩んでいった方々の中には社会に出てから仕事上の挫折などで、最悪の場合には自殺にまでいたる方々がいらっしゃると聞きますが、私がこれまで様々な困難に直面してもなんとか乗り越えてこれたのは、あの当時の国立学院予備校の教育のおかげです。
今から考えるとお金を払って買ってでもするべき
経験ばかりだったと思っております。本当に感謝感謝です。
enаの軟弱化は他の掲示板上でも問題となっておりますが、国立学院予備校時代を彷彿させるような塾・enа国立学院を立ち上げましょう。
鬼の講師陣が根性棒片手に、もしくは両手に塾生達をしごきまくるのです。
早稲アカを越える合格力となるのも夢ではないかもしれません。
あとここに書かれていることはフィクションではなく、すべて私が子供時代に国立学院予備校に在籍していたときに、なんらかのかたちで見聞きしたことや体験したことばかりです。
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Re:国立学院予備校といえば
2009-03-20T08:47:59+09:00
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生徒のアンケート見てる。さらに書きかえてる。
アンケート取る前にも生徒脅かしてる。「書いた内容、チェックするからな…。
わかってるんだろうな…!」
≪enaってどうよ≫PART4というスレッドには、(元)関係者達が情報をもちあっているような内容ばかり投稿されてるが、一体どうなってんだろう。
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Re:国立学院予備校といえば
2008-10-22T21:38:29+09:00
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452 : 実名攻撃大好きKITTY
初めて書き込みます。
>>449のように◇◇先生(あえて実名、それ即ち敬意を表すが故)を煽ってる香具師もいますが…
その節は大変お世話になりました。先生を真に尊敬しております。
同じ大学学部ということもあってか、調布校に配属して戴きましたが、私の不徳の致す所、お役に立てず大変申し訳ありませ んでした。
偶然、このレスを見つけたものより
追伸、調布校の校長に叱責され、胸ぐらを捕まれ殴られそうになったのもいい思い出です。
477
123
僕は元塾生で今中2です。小6の時、〇〇先生に習いました。なんであんな△△みたいなヤツと結婚するんですか?
今からでもいいから別れてください。〇〇先生は若くてキレイですごく優しくて大好きでした。今でも好きです。
どうして50近い身長も先生より低くてデブでキモいあんなヤツと結婚するんですか?僕はあいつ大嫌いです。気に食わない とすぐキレて怒鳴ってきました。
僕は国語の辞書で何度も叩かれました。〇〇先生、あんなヤツと別れて下さい!僕が幸せにします!Uです。
127
そりゃー自分よりも立場の弱いものを徹底的にいびりたおす(かつ恐喝しまくる)けど、彼女にだけは優しくしたんじゃないで しょうか…<以下省略>
129
△△先生は、あのなりで女好きなので若い女の子には優しいですよ。
徹底的にいびりたおすのは男に対してです。
だから、どんどん男の時間講師辞めていくんだよなぁ…
130
確かにそうですよ。
男の時講は辞めるまでいびりますから。
だから、男はいつかない、いや、いつけない!
弱い者いじめは凄い!男とか自分より弱い者には凄いからね!
みんな、そう感じるんだ
ご懐妊とはびっくりです
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Re:国立学院予備校といえば
2008-10-02T18:45:01+09:00
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Re:国立学院予備校といえば
2008-10-01T22:19:57+09:00
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。
1、キャスフィ!という掲示板のenа掲示板ページの「enаに否定的な人が多すぎる」で見つけました。
4 とおりすがり
割り込み失礼します。
自分はenа卒で職員としても働いております。
まだ在籍していた頃は「生徒」でしたので
それなりに面倒はちゃんと見てくれていましたし、
第一志望の学校にも受かりました。感謝しています。
しかし、職員にもなれば生徒に隠していた裏も見えます。
例えばの例を挙げると自分の立場が危険なので
具体的な記述は避けますが、
新卒で入ってきた社員がほとんど辞めていってしまう
らしいです。
同僚から生命にかかわるようなことも起こったと聞きました。
労働基準法など持ち出しても一蹴物でしょう(まあ塾は
どこでもそうでしょうが)
職員の中にはまだ
国立学院予備校が残っているような気がします。
これはあくまで職員としての立場から述べておりますが
生徒だった頃は本当に自分にあった塾でした。
知らぬが仏だと思いますし、
疑うなら百聞は一見にしかずだと思います。
おめでたいさんの言う通り色々な見方があると思いますが… ]]>
Re:国立学院予備校といえば
2008-10-01T22:14:42+09:00
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確かに近年のenаの教育現場からは、国立学院予備校時代のような暴力と恐怖で生徒達を支配するという教育スタイルは、少なくとも私が知る範囲内では消滅したと思います。しかし近年のenаの教育で甘やかされた生徒の中には、後でなんとかしようとしてももはや修正不可能な人達というのも、私は今まで何人も見てまいりましたので、その点は注意が必要かもしれません。あと昭島にあった国立学院(enаの前身)では、生徒達を竹刀で叩きつけるという教育が行われていたそうです。
国立学院予備校時代のenаは暴力と恐怖により支配されているといった感が強く、塾生の頭や腹等を、塾教師が素手や棒で殴りつけるというのは別段珍しいことでも何でもなく、日常茶飯事でした。またそういった荒廃した状況下にございましたので、ふとしたことで塾内でもいじめや暴力が生徒達の間でも蔓延しがちであり、またそれらの多くは黙認されがちでもあったので、塾内でモデルガンを乱射する生徒がいたり、また時に複数の男子生徒達による女子生徒達への集団暴行が行われたりといった事件が起こったのも、ある意味当然の成り行きだったのかもしれません。私自身も国立学院予備校時代に、そこの塾教師から根性棒による暴力行為を受けた経験が何度もありますし(私以上にひどくやられていた塾生達もいましたが…)、また他の塾生から正面からラリアートされたり、後ろからモデルガン乱射している生徒に追いかけられたり、背後から蹴飛ばされたり等といった暴力行為も経験もしてきております。しかし今から思うと、あの環境で鍛えられたからこそ今の私があるのだと思えるので、私自身としては感謝している部分も多いのです。
国立学院予備校での現場教師達の教育スタイルは、過去のものとなってしまいましたが、当時のあの塾の教育スタイルや思想等には、現在のenаの根本的体質を推測する一つの手がかりとなっている部分もあることもまた事実だと思います。少なくとも国立学院予備校とenаの双方を内部からも見てきた私には、そう感じられる部分も多いのです。
現在のenаにはenаの教育スタイルがあり、ママさんが述べておられることも一面の事実なのだと思いますが、enаは教室間・講師間での落差が大変激しい塾の一つであるからして、全てのenа校舎がそうであるとは限らないこと。また国立学院予備校の頃にて上記のような暴力教育が行われていたことも事実であるというこは、少しは認識しておかれたほうがよいかと思われます。
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Re:国立学院予備校といえば
2008-09-29T15:14:38+09:00
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先生は丁寧に個人に対応してくれていて感謝してます。
勉強は厳しいけど出来ないなら個別でも見てくれるので、家庭教師をつけているみたいです。
メリハリのある指導で子供も怒られてもついていくだけの魅力があると思います!!
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Re:国立学院予備校といえば
2008-09-15T11:47:31+09:00
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Re:国立学院予備校といえば
2008-06-20T11:16:47+09:00
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2ちゃんねるの検索機能を利用して「enа」と「半角英数」で入力すると、4つくらいenа関連スレッドが出て参りますが、その中でも特に「enаってどうよPАRT4」には、国立学院予備校時代の貴重な情報や、その他enаの貴重な最新情報が満載です。
例えば学究社(enаのこと)が進学舎という他の塾を買収したとか、enаの大学受験部門をZ界に譲渡したとかいった情報も、載っておりました。
この掲示板ではリンクが残念ながらはれませんので、ヤフーなどの検索サイトから2ちゃんねる掲示板を検索して、enа情報を入手されるとよいでしょう。大変貴重な情報源であるといえます。 ]]>
enа(旧・国立学院予備校)の最新情報満載のスレッド紹介
2008-03-12T16:27:23+09:00
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体罰と暴力教育は絶対反対!!
2008-03-09T01:42:45+09:00
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Re:国立学院予備校といえば
2008-03-01T22:42:28+09:00
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Re:国立学院予備校といえば
2008-03-01T22:40:57+09:00
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他の校舎でも事情はある意味同じだったようであり、「昔のenаとテキスト投げつけたりと凄かったんだよ。」とか、「『もしどこも受からなかったら、●えられていたかもしれないね。』といわれるようなことが行われていたんだ。」とかいった話をenа社員から聞いたこともありますし、また昭島の校舎では竹刀で生徒を叩いていたという情報が、ネットでも流れています。また「窓を閉めろー。」と生徒に命令。教室を密室化し、生徒達をバンバンモグラ叩きゲームのごとく殴っていた教室の話も聞いておりますので、私が当時通っていた国立学院予備校だけが特別というわけではなかったようです。まあ同じ運営会社・株 学究社さんが運営していた塾なのですから、事情がある意味同じでも当たり前ではありますが…。
そういえば儒教の国の学校では、生徒をムチで打つなどといったことが行われていると耳にしたこともございますが、国立学院予備校ではムチは使用したという話は聞かず、竹刀や根性某(いらないプリントの紙を丸めてセロテープで止めて作られた棒。平均的な長さは三十センチ前後くらいだが、形状や大きさ、そしてその某の硬さなどは、教師によりまちまち。)や教師の拳が教師達の主要武器でした。国立学院予備校の時代というのは某ヨットスクールのことがマスコミでも盛んに取り上げられた時期と一部重なっており、時代が今とは違ったのだと思います。(しかし当時の他の塾では予め教師達が根性棒で武装し、またあそこまで派手に暴力教育を実践していた塾は少なくとも私の知る範囲内ではありませんでしたので、当時のあの塾は、某ヨットスクールの学習塾版としての特別な存在だったと思われます。)現に私が当時通っていた国立学院予備校には、そのような状況下においても多くの生徒さん達が時に遠方から歩いて、もしくは電車に乗って通ってきておりました。ですので「理解された限られた方の塾」というわけではなかったのかもしれません。
ちみなに私が実際に頭を殴られ、国立学院予備校の二刀流根性棒教師の根性棒に関しましては、とても紙だけでできているとは思えないほどの異常な硬さだったので(しかもそれが2本も)、そのことを私の親に話したところ、親が!して二刀流根性棒教師のところに話を聞きに行ったところ、二刀流根性棒教師は「我々は今までこの教育スタイルで有名校へと送り込んできたから、これでいいのだー。」などと話していたそうです。少なくとも私の先輩にあたる塾生達は、そのムチャクチャ固い根性棒で頭を殴られ続けてきていたということであり、それでも何の問題にもそれまでならなかったともいえるでょう。現に私をはじめとする当時の子供達はその教育を受け入れ、適応していましたし、また教師にお腹を殴れて床に倒れこんだH君の場合でも、そのことでH君の親が文句を言っていったという話は、少なくとも私は聞いてはおません。
近年のenаはすっかり軟弱化してしまい、国立学院予備校時代のような暴力教育は姿を潜めましたが、その分内向化、陰湿化してしまいましたので、どちらの時代の教育が一概によいとはいえないのではないでしょうか。
近年のenаの教育では誉めて自信をつけさせて伸びるどころか、むしろ甘やかされて起きて寝言を言っているような馬鹿生徒や、学習意欲に乏しい生徒達も矯正されることなくそのまま放置されてしまいがちであり、結果的には受験での失敗で潰れてしまったり、学力が思うように伸びずに親から見切りを付けられてしまったりするという現実も突きつけられております。
また学習面でもいい加減なことばかりしている生徒であっても、enаでそういった生活面がきちんと矯正されてこないために、そのままの状態で進学、修了してしまい、enаを去った後にそのことが原因で落ちこぼれてしまうといった生徒も、存在しております。
前述した某ヨットスクールでの教育も、近年すっかり軟弱化したと聞きますので、経営者の教育方針の変化というよりも、むしろenаも某ヨットスクールと同様、時代の趨勢で昔のような教育ができなくなり、教育スタイルが大きく変化したと考えるのがよいのではないかと私は考えます。 ]]>
Re:国立学院予備校といえば
2008-02-29T17:48:32+09:00
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Re:国立学院予備校といえば
2008-02-27T21:29:23+09:00
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例えて言うなら当時マスメディアでも話題となっていたTヨットスクールの学習塾版のようなものとお考え頂ければよいのではないでしょうか。もっとも国立学院予備校の方がТヨットスクールの教育スタイルよりは若干穏やかであり、死者も報告されなかったため国立学院予備校時代の暴力教育が、マスコミに取り上げられることはなかったようでしたが…。
その後時代は変わり、近年のenаでは少なくもと私の知る限りでは、そのような教育は行われてはおりません。某ヨットスクールも事情は同じらしく、現在では昔のような過激な教育はすっかり影を潜めたと聞きます。暴力と恐怖により人を支配する『魁!男塾』を連想させるような旧enа・国立学院予備校の教育は、子供時分の私には強烈な印象として今も残っており、また当時のあのような状況下では、塾内でのいじめや暴力等もたいていは黙認されてしまい、ふとしたことで塾内にいじめや暴力が蔓延する傾向すら見受けられました。N先生から伺った複数の男子生徒達による女子生徒への集団リンチ事件や、また私自身が被害者となった事件ですが、金属製の玉を入れたというモデルガンの銃口を、背後から突きつけられて、その後K君に追いかけられて後ろからモデルガンの銃声が聞こえてきたといったものをはじめとするK君の暴挙の数々なども、起こるべくして起こった事件だと言えましょう。
しかしだからといって近年のenаが国立学院予備校の頃よりもよくなったかといえば、決してそうとはいえないというのが、私の実感なのです。確かに近年のenаでは、塾生が教師からお腹を殴りつけられて椅子から転落。床にはいつくばるといったこともあった昔のような過激さ等は表面的には姿を消しましたが、現場社員達の根本的なモラルや倫理観、社会常識の欠如などは本質的にはそう変わっておらず、その代わりにその分内向化・陰湿化してしまい、権謀術数、策略で人を陥れて抹殺するような体質へと変貌を遂げてしまったため、enаでは私が子供時代に国立学院予備校で体験してきた恐怖とは全く別の恐怖を、体験したこともあります。
また近年のenаでは生徒を甘やかす傾向が見受けられるので、昔の教育スタイルでしたら根性棒リンチにかけられて根性を叩き直されていたような生徒でも、放置され矯正されることなく、そのせいで学習面での致命的な問題点を残したまま塾を修了していくことになってしまったり、危険な兆候も放置されてしまつたため、受験での失敗を引き起こし、それが原因で潰れてしまったり、本人のやる気がなさすぎて学力が全く伸びない生徒さんが出現するなどの目に付く問題が生じてきているという現実もあるのです。
どのような教育スタイルがよいのかは人により意見の分かれるところでしょうが、昔のスタイルには現代には失われたその時代の教育のよさがあったのだということを、知って頂きたいと思います。また私の場合、当時の国立学院予備校の教育により学んだことが、かけがいのない社会勉強となりました。 ]]>
私は国立学院予備校で鍛えられてよかった
2008-02-25T13:42:54+09:00
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当時私が通塾していたあの塾は教師が根性棒で武装し、暴力と恐怖でより支配されているといった感が強く、子供時分の私もかなり恐怖を感じることの多かった塾ですが、しかしあの塾で鍛えられ学んだことは、大人になって社会に出てから大いに役立っております。本式の国立学院予備校の教育を受けた人間は、そうでない人間とはやはり違うわけであり、子供時代に最高レベルの社会勉強をさせて頂いたと確信し、今では心から感謝の気持ちでいっぱいです。
近年のenаは爪も牙ももがれて著しく軟弱化し、塾生達を甘やかす塾へと変貌を遂げましたが、その結果として昔の教育のよさが大きく失われ、教育に限界が生じていることも事実です。とにかく時代が変わり、どこかの某スクールを含め、現在では昔のような教育ができなくなったのだと思われます。 ]]>
国立学院予備校の教育には心から感謝してます
2008-02-13T16:35:27+09:00
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いいえ
2008-02-11T09:05:39+09:00